あたりまえの基準

日本という国はあたりまえの基準が異常に高いです。
・蛇口を捻れば水が出るのはあたりまえ
・スイッチをつければ電気がつくのはあたりまえ
・決まった時刻に電車が来るのはあたりまえ
・ネットや電話が繋がるのがあたりまえ

これらのあたりまえがあたりまえでは無くなった時に人はものすごくイライラします。
それは、サービスだけに限った話ではなく関わるもの全てに対して無意識に基準を設けているからです。

・上司として、部下として、社会人として、友人として、夫婦として、親子として、商品としてetc…

これらのあたりまえが日常になっていると、あたりまえな現状に感謝はしません。
(少なくとも私は、蛇口から水が出る事に感謝している日本人に会ったことはありません)

感謝しないということは、達成することが当然であり感謝や感動の対象にはなりません。

例えば、高級レストランでしか食事をしたことが無い人がいたとして、生まれて初めてファーストフードのサービスを受けたら嫌悪感しか無いと思いますが、ファーストフードが存在しない国から日本にきてファーストフードのサービスを受けたら感動を覚える事でしょう。

ITシステムをお客様に提案する立場として、お客様が思っているあたりまえを把握しお客様と擦り合わせをすることは非常に大事なことだと思っています。

場合によっては、お客様があたりまえだと思っている事がITシステムの世界ではあたりまえではないという事もあるかもしれません。

弊社が提供するサービスは、高級中華の料理人が多くの人に食の感動を伝えたいと考え開いた街の中華屋さんをイメージして頂けますと幸いです。

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